本日は、「世界メシア教特別祝典並びにクリスマスコンサート」おめでとうございます。 本日の行事につきましては、ここ「グランドニッコー東京 台場」の皆様より、格別のご理解とご協力、また、数々のご配慮をいただきまして、開催させていただくことができました。ここに、「グランドニッコー東京 台場」の皆様に、厚く御礼申し上げます。誠にありがとうございます。 本日は、イエス・キリストと明主様、このお二人が世にお生まれになった日をお祝い申し上げる、誠に喜ばしい日であります。 イエス・キリストが世にお生まれになったとされている日は、申すまでもなく、今から約二千年前の12月25日、クリスマスの日であります。 イエスは、神様のみ旨に従って、私どものために十字架に上がり、私どものために死の世界に行かれ、そして、私どものために死の世界から甦り、復活して永遠の生命を獲得し、神の子たるメシアとしての使命を全うされました。 そして、明主様がこの世にお生まれになったのは、今から142年前の明治15(1882)年12月23日、クリスマスの前々日であります。 明主様は、メシアの御名とイエスの贖いと復活を信じ、ご自身を神様に委ねられ、メシアとして新しくお生まれになりました。 全人類を代表して、明主様は、神様がイエスを通して示された創造の目的、すなわち、人は皆、神の子・メシアとして新しく生まれるというみ業を全うされたのです。 ここで、私どもが見過ごしてはならないことは、イエスも明主様も、肉体を持った人間として世に生まれ、意識ある存在になられたからこそ、神様の子どもとなることができたということであります。 私どもも、人間として世に生まれ出てまいりました。これは、神様からの大変な祝福であります。 世に生まれたということは、始まりの世界である天国において、メシアの御名と共に、神様の生命と意識と魂を賜って、世に送り出されているということであります。 生命と意識と魂は、畏れ多いことに、神様のものであります。 私どもは、世に生まれ、意思表示できる者にならせていただいたからこそ、そして、イエスの贖いの御血汐を受けること、天国に立ち返ることを意思表示できるからこそ、神様の子どもとして新しく生まれることができるのです。 神様が私ども人類をご自身の子どもとするということ、それを神様は、創造をお始めになる前、天国において、恵みという権威をもって、あらかじめ定めておられました。 このことについて、聖書には、次のように記されております。 「神はキリストにあって、天上で霊のもろもろの祝福をもって、わたしたちを祝福し、みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである」(「エペソ人への手紙」第1章3節~5節) このように、「天地の造られる前から」「あらかじめ定めて下さった」と書かれています。 そして、明主様は、「大光明世界の建設」について、「「絶対の力」に由ってそうなるのであります。チャンと、そう太初から神様が、御計画なされて決っているのであります」と仰せになっています。 大光明世界になる、すなわち、地上天国になるということは、私ども一人ひとりにとっては、天国から地上に遣わされた〝わたし〟という存在が、地上のすべてを携えて天国に立ち返り、父である神様と一つにならせていただく、すなわち、神様の子どもとなるということであります。 このように、明主様は、聖書に示されているのと同様、私どもが神様の子どもとなることを「太初から」、すなわち、神様が創造をお始めになる前から決めておられることをお示しになりました。 明主様は、また、「神意は地上天国建設の第一歩として、その模型を造られるという事があまりに明かである。然し乍ら、模型ばかりではない。人間、個人が天国人とならなければならない、否、なり得る時期が来ているのである」とお述べになりました。 天国人と「なり得る時期が来ている」と述べておられるということは、明主様は私どもに対し、私どもが神様の子どもとなるというみ旨を受けて、天国から世に遣わされていることを早く思い出してほしい、と強く願っておられるからではないかと思います。 さて、皆様ご承知のように、先月11月、真明は、昨年に続いてブラジルを巡教いたしました。今回は、本年2月に教主代行となってから初めてのブラジル巡教であります。 この巡教において、真明のもとに、ブラジルのみならず、日本を含め、世界の様々な国々から信徒の方々が集い、教団史上初となる「世界祖霊大祭」が執り行われました。 神様は今、世界各地に散らばっている私ども人類にとっての先祖の方々、すなわち、遠い昔、人類が地球に降ろされて以来の代々のすべての先祖の方々を顧みてくださっていると思います。 そのことを私どもに気づかせるために、このみまつりを開いてくださった、私ども一人ひとりの中で開いてくださったのではないでしょうか。 神様は、ご自身の子どもを生むために、先祖の方々を、そして私どもを、始まりの世界であり、永遠無限の世界である天国から、世と呼ばれる終わりの世界、目に見える、時間空間の世界に降ろされました。 世は、人間のためにあるのではなく、神様のため、神様の目的を成就するためにあるのです。 しかしながら、私ども人類は、始まりの天国で生んでいただいたことを忘れ、世が神様のためにあることを忘れ、自分たちの思いや都合を優先し、神様から離れた者のようになっておりました。 そのために、目に見える、限りある生命に囚われ、神様の永遠の生命から遠ざかり、生命が枯れた者のようになっておりました。 そうした私どもを神様は、大きな愛をもって顧みてくださり、イエスを世にお遣わしになりました。 神様は、肉体の母であるマリアを通して、イエスを世に送り出されたのです。 マリアから受け継いだイエスの血の中には、数えきれないほど多くの世代に渡って人類が受け継いできた遺伝情報が組み込まれています。 イエスは、その血を、私ども人類の罪を贖うための血汐として、魂と共に神様に捧げ、私どもの罪の赦しを乞うてくださいました。 神様は、そのイエスのとりなしをお聞き届けになり、私どもを赦してくださいました。 この世にあって、マリアがイエスを生んでくださったからこそ、そして、イエスが自らの血汐を神様に捧げてくださったからこそ、そして、神様がそのイエスの血汐を全人類の血汐としてお受け取りになったからこそ、神様は、私どもと一体である全人類の先祖の方々を、また、これから世に生まれ出る子どもたちを、漏れなく贖われ、赦された者としてくださり、生命の枯れた者ではなく、生きた者としてくださったのです。そして、始まりの世界である天国に迎え入れてくださったのです。 私どもは、すべての方々と共に、イエスの血汐を全身の細胞の隅々にまでお受けしていたことを認め、メシアの御名にあって天国に立ち返り、その血汐による恵みに対して、神様に感謝させていただきたいものであります。 また、この世界祖霊大祭において、真明は、力強く聖言を語り、その中での「水の聖地」としてのブラジルの使命についての聖言は、驚きと同時に喜びをもたらし、地上における聖地の建設にかけられた明主様のみ心を継承する使命を、ブラジルのみならず、多くの国々の信徒に強く自覚させるものであったと思います。 そして、この度の巡教において、ブラジルでは初めて、教主代行である真明が入信式に臨み、お一人おひとりの首におひかりをお掛けしました。 この光景を思うにつけ、私は、世界中の信徒の中に、否、世界中の人々の中に、燦然と輝く大光明が存在することを認めることが大切である、と思わせていただきました。 この度のブラジル巡教を通して、真明は、祭典での祝詞、聖言だけではなく、面会や懇親の場など、すべての場面において、前回の巡教と同様、ポルトガル語を使用しました。 このことは、真明の思いが現地の方々の心に深く刻まれると同時に、現地の方々との間に親しみと絆が生まれ、交流を深める上で大きな意義があったと思います。 また、交流ということについて考えますと、私どもが世にあって、いろいろな形で世界の人々と交流させていただけるのは、私どもが気づこうが気づくまいが、神様は、ご自身のみ旨の成就のために、国や民族や言語を越えて、世界中の人々をメシアと名付けられたご自身の一つ体としてお使いになりながら、養い育てておられるからである、と思わずにはいられません。 私どもは、いつどこにいようとも、〝世界の人々や先祖の方々と共に、これから世に生まれ出る子どもたちと共に、また、万物と共にお使いいただき、養い育てていただいているのですね〟と神様に申し上げる必要があり、それが神様に対する礼儀なのではないでしょうか。 私どもが神様の子どもとなること、それは、永遠不変の真理であり、世に遣わされた私ども一人ひとりに託された神様の御用なのです。 しかしながら、私どもは、この世に生きているために、プラスマイナス様々な感情や想念に支配され、新しく生まれることを願うよりも、自分の身に迫っている問題、今の悩みや苦しみ、不安や心配をなんとかしてほしい、と思いがちであります。 神様は、そうした私どもの心の動きを掌を指すようにご存じであり、私どもに対して、〝あなたの今の心の状態こそ、今までの人類の姿だったのですよ〟と教えてくださっているように思います。 私どもは、世の思いに支配されている人類を救うために世に遣わされているからこそ、多くの人々の心に現れる様々な思いに同調し、自分自身の思いのように感じさせられているのではないでしょうか。 そのことに気づかせていただいたならば、神様に対し、〝全人類とその父母先祖の方々と共に、贖われ、赦され、甦らせていただいた者として、メシアの御名にあって天国に立ち返りますので、あなたが治めてくださいますように〟と申し上げ、私どもを新しく生まれさせるべく、養い育ててくださっていることに感謝申し上げたほうがよいと思います。 このように、メシアの御名にある救いを私どもを通して成し遂げておられる神様をお讃えしつつ、私どもは、「祈り、食、音楽」という真の救いの三本柱の実践に更に一層励み、世界中の人々に生きる勇気と希望を分け与える御用にお仕えさせていただきたいと思います。 また、今年の7月にアフリカ・アンゴラの地に誕生した「土の聖地」の建設奉仕が始まろうとしている今、そして、ブラジルの信徒の方々が「水の聖地」を担う使命に燃えておられる今、天国を地上に写すことに全力を注がれた明主様の尊いみ心を改めて胸に刻み、私ども一同、「火の聖地」たるメシア聖堂の建設に向けて精一杯努め、多くの人々と共に、自分に内在する天国に常に心を向けることができる者にならせていただきたいと思います。 そして、神様があらかじめ天国で成し遂げてくださった、メシアの御名にある祝福が、イスラエルに結び連なる全人類とその父母先祖の方々に、そして、万物に分け与えられますようにと、吐く息吸う息、吸う息吐く息のうちに定め、未来を創造するみ業にお仕えさせていただきましょう。 そのようにお仕えすることを許してくださっている唯一の神に、メシアの御名にあって、権威、栄光、祝福を帰させていただきます。 終わりに、イエス・キリストと明主様を通して真の福音を賜っておりますことを、皆様とご一緒に神様に感謝申し上げますとともに、まもなく迎える新しい年が、皆様にとりまして、光と安らぎに満ちた希望の年でありますようお祈りいたしております。 ありがとうございました。