本日は、「メシア降誕祭」おめでとうございます。 本日の祭典行事につきましては、ここ「ホテルニューオータニ大阪」の皆様より、格別のご理解とご協力、また、数々のご配慮をいただきまして、開催させていただくことができました。ここに、「ホテルニューオータニ大阪」の皆様に、厚く御礼申し上げます。誠にありがとうございます。 明主様は、「世界救世(メシア)教」開教4年後の昭和29(1954)年4月19日、突然脳溢血を起こして倒れられ、その47日後の6月5日の聖言の中で、「メシア降誕と言ってね、メシアが生まれたわけです。言葉だけでなく事実がそうなんですよ。私も驚いたんです。生まれ変わるというんじゃないですね。新しく生まれるわけですね」と仰せになり、また、「まだ生まれたての赤ん坊」とも仰せになりました。 明主様が「メシア降誕」、あるいは、「メシアが生まれた」と仰せになったということは、神様が明主様の中で、ご自身の子たるメシアをお生みになった、ということであると思います。 明主様は、ご自身の中に、創造の原因の世界である天国が存在するとの確信に至られ、その天国に立ち返った姿のご自身を神様にお捧げになり、神の子たるメシアを受胎されたのです。 明主様は、ご自身の中でメシアを受胎され、新しい生命に甦られたとお感じになったことを、大きな喜びをもって、「新しく生まれる」と仰せになったのではないかと思います。 明主様は、神様に絶対的な信頼をもってお仕えになりました。 しかしながら、明主様が新しくお生まれになったのは、ご自身のご努力はさることながら、単に人間の力によってではなく、神様の力がお働きになったからこそ成し得たことと思います。 その力とは、明主様が今から93年前の昭和6(1931)年6月15日に「霊界の夜昼転換」の啓示としてお受けになった力であり、二千年前、イエスを死人の中から甦らせ、復活させた力、すなわち、キリスト・イエスと共にあるペンテコステの聖霊の力であります。メシアの御名にあって、天地を悉く貫いた聖霊の力、神様の力であります。 私は、神様の力とは、メシアの御名にある聖霊のお働きのことであると思います。 その神様の力の表現である聖霊がお働きくださったからこそ、明主様は、新しくお生まれになることができたのです。 私は、言葉では神様、神様と申し上げていても、神様の力の表現である聖霊のお働きに対する思いが希薄でありました。 明主様は、「霊の実在を知らなければ空虚な人間でしかない」とお述べになり、御歌に、「眼に見えぬ神の力のある事を悟らしめむとて吾努むなり」とお詠みになり、神様の力、すなわち、聖霊の存在について、繰り返しお説きになりました。 また、イエスは、「人には、その犯すすべての罪も神を汚す言葉も、ゆるされる。しかし、聖霊を汚す言葉は、ゆるされることはない」(「マタイによる福音書」第12章31節)と述べられました。 私どもは、キリスト・イエスと共にあるペンテコステの聖霊、メシアの御名にある聖霊を、二千年前、天国において、明主様と共に、すべてのものと共にお受けしていたのです。 私どもは、そのことを認め、〝ペンテコステの聖霊を、すべてのものと共にお受けいたしました〟と改めて神様に申し上げる必要があると思います。 神様は今、私ども一人ひとりを新しく生まれさせるべく、すなわち、ご自身の子を受胎させる器とすべく養い育てておられます。 私どもは、そのように養い育ててくださっている神様に感謝申し上げるとともに、自分の中に、イエスと明主様が生き生きと生きておられることを認め、地上で母性の魂を持たされた女性は、父性の魂が存在する天国に立ち返り、地上で父性の魂を持たされた男性は、母性の魂が存在する天国に立ち返って、一人ひとり、父性母性一対の魂にならせていただかなければならないと思います。 そして、その父性母性一対の魂になった姿で神様のみ前に立たせていただき、神様に対し、「あなたのみ旨を成し遂げてくださいますように」と自らを捧げさせていただくことが、神の子たるメシアを受胎すべき私どもの務めであると思います。 神様は、ご自身の子をお生みになるために、私どもをお使いになろうとしておられるのです。 また、私どもは、よく、神様にお仕えすると申しますが、どのような思いを持って、神様にお仕えさせていただけばよいのでしょうか。 イエスは、私ども人類が犯した罪の贖いとして、自らの血汐を神様に捧げ、罪をお赦しくださるようにと、神様の赦しを乞うてくださいました。 聖書には、「だれが、わたしたちを罪に定めるのか。キリスト・イエスは、死んで、否、よみがえって、神の右に座し、また、わたしたちのためにとりなして下さるのである」(「ローマ人への手紙」第8章34節) あるいは、「神は唯一であり、神と人との間の仲保者もただひとりであって、それは人なるキリスト・イエスである」(「テモテへの第一の手紙」第2章5節)と記されております。 イエスは、神様の創造のみ旨を成し遂げるために、神様の長子として、私どものことを神様にとりなしてくださり、神様と私どもとの間の仲保者、仲介者として、神様にお仕えになり、今も仕えておられます。 明主様も、イエスと共に、私どものために神様にとりなしてくださっています。 明主様は、唯一の神・ヤハウェを信仰するユダヤ教徒にとって、異邦人と言われ、神無き民と言われる世界に属する日本という地にお生まれになり、また、イエスとその弟子の方々の時代から二千年を経た今という時代に生を営まれました。 私どもは、その明主様を通して、唯一の神とメシアの御名の真実を知り、イエスの贖いと復活を知り、そして、明主様ご自身が現されたみ業によって、神様がすべての人を神の子たるメシアとして新しく生まれさせ、永遠に生きる者とする、と定めておられることを知るに至りました。 何の功績もない私どもが、多くの人々に先駆けて、永遠の生命という真実を知る恵みを賜ったということは、神様は、未だ真実を知らない先祖を始め、多くの人々がその恵みに与ることができるように、私どもに対し、仲介をしてほしい、仲立ちをしてほしいと望んでおられるからではないでしょうか。 明主様は、私どもに対し、「神の愛を確かり胸に畳んで御取次する事」とお諭しになっておられます。 神様は、すべての人を愛しておられます。 私どもは、すべての人を愛しておられる神様のことを思い、〝私どもの中におられる全人類とその父母先祖の方々と共に、万物諸元素と共に、贖われ、赦され、生きたものと甦り、永遠に生きるものとしてくださいますように、恵みがすべてのものに分け与えられますように〟と神様に委ねさせていただくという、とりなしの御用にお仕えすることを神様は願っておられるのではないでしょうか。 ここで大切なことは、神様の力である聖霊のお働きがあるからこそ、私どもは、とりなしの御用をさせていただけるということであります。 聖書には、「御霊は、聖徒のために、神の御旨にかなうとりなしをして下さる」(「ローマ人への手紙」第8章27節)と記されております。 この御霊は、イエスを死人の中から甦らせた神様の御霊、すなわち、メシアの御名にあるペンテコステの聖霊のことであります。 私どもは、この聖霊のお働きによって、創造のみ旨が成し遂げられることを認め、とりなしをさせていただく時には、メシアの御名にあってさせていただくことが神様に対する礼儀であると思います。 そして、私どもがとりなしをするということは、恵みがすべてのものに分け与えられるように、と神様に願うためだけではなく、すべてのものを全く新しいものに造り替えるという未来の創造に向かって進んでいくためにさせていただく、ということを心に留めておくことが大切であると思います。 さて、本日、皆様にお伝えしたいことがあります。 この度、世界メシア教として、「おひかり」のデザインを新しくさせていただきました。 この新しい「おひかり」は、世界メシア教出版・デザイン部との連携の上、国内トップクラスのジュエリーブランドが開発、製作したものです。こちらになります(教主様、スクリーンを指し示される)。 今後、この新しいデザインの「おひかり」を皆様に下付させていただきます。 新しい「おひかり」は、従来のような「大光明」「光明」「光」という区別はありません。 毎回の祭典において奏上しております祝詞の冒頭にありますように、すべての人の意識の中心には大光明燦然と輝く天国が存在し、神様が生き生きと生きておられます。 私どもは、世に生まれる前の天国において、大光明輝く光の子として神様にお仕えしておりましたし、今も光の子なのです。 大光明輝く光が、自らの中に、先祖の方々を始め、すべての人の中に、そして、万物諸元素の中に存在することを、私どもは認める必要があると思います。 そのために神様は、私どもが胸におひかりを着けることをお許しくださっているのではないでしょうか。 また、私ども信徒が皆、「おひかり」をかけさせていただいているということは、私どもは、同じ一つの道を歩む者同士であることを、お互いに確認するためでもあると思います。 明主様の御歌に「大いなる御光の下思ふどち固く結びて世人救へよ」という御歌があります。「思ふどち」は、気の合う仲間や同士という意味です。 この御歌にありますように、私どもは、大光明という大いなる光を持たされ、同じ道を歩む者同士なのですから、互いに固く結び合い、世の多くの人々に救いをもたらそうとしておられる神様にお仕えする聖徒である、という自覚を持って、日々新しく歩んでまいりたいと思います。 私どもは、そうした思いを心にしっかりと持ち、祈り、食、音楽という「真の救いの三本柱」の実践に励み、私どもを養い育てながら、世界中の人々に恵みと安らぎをもたらす御用にお使いくださっている神様に感謝しつつ、更に一層お仕えさせていただきたいと思います。 また、明主様が天国の模型として地上に聖地を建設することに全力を注がれた、その尊いみ心を胸に刻み、私ども一同、栄光輝く「メシア聖堂」の建設に向けて、希望と喜びを持って努め、多くの人々と共に、自分に内在する天国に常に心を向けることができる者にならせていただきたいと思います。 そして、畏れ多くも、メシアの御名を唱えることをお許しくださった神様に感謝し、一人ひとりの内にメシア降誕を成し遂げようとしておられる神様に、全人類とその父母先祖の方々と共に、万物と共に、吐く息吸う息、吸う息吐く息のうちにお仕えさせていただきましょう。 そのようにお仕えすることを許してくださっている唯一の神に、メシアの御名にあって、権威、栄光、祝福を帰させていただきます。 ありがとうございました。