「世界救世教ではなく世界メシア教にこそ明主様は働かれている」フランシスレーネ・デ・ジェズス(オエステ教会・女性信徒) オエステ教会のフランシスレーネ・デ・ジェズスさん(女性信徒)は、2023年8月26日、脳梗塞を患った。手術の必要はなかったが、理学療法と投薬治療のために6日間入院することになった。話すことと飲みくだすことが困難となり、顔面の部分まひ、左手のしびれ、頭痛などの初期症状があった。 フランシスレーネさんは、診断を受けたときこそ号泣したが、すぐに立ち直って母と妹に、「この浄化は神様にお仕えし、全人類の多くのご先祖様を救うためのものだから感謝しよう」と伝えた。 病室で一人になった彼女は、今のメシア教の信仰と以前の救世(きゅうせい)教の信仰との違いを思い、〝以前の自分だったら、自分がしてきた奉仕の何が足りなかったのだろう、何が間違っていたのだろうと自分を責めていただろうな〟と振り返った。 入院2日目、きゅうせい教信徒の幼なじみがフランシスレーネさんの浄化のことを知り、「浄霊をさせていただきたい」と連絡してきたが、フランシスレーネさんは即座に、「教主様の聖言を固く信じているから、手をかざす浄霊は必要ない」と断った。そして、「今、私たちはみんな、自分の中に存在する神様の御手を通して、1日24時間ご浄霊をいただいているの。想念の時代になっていることを明主様に倣って信じ、心に湧いてくるすべての思いや感情を、全人類につながるものとして神様にお捧げし、神様にお仕えさせていただいているから、手をかざす必要はまったくないのよ」とも伝えた。 入院していた6日間、彼女は、ただ、その瞬間瞬間の思いを内なる神様にお捧げした。ベッドの上でお仕えできることに感謝し、自分の思いや望みではなく神様のみ旨が成し遂げられるように祈った。ご先祖様に、私たちは新しく生まれるために創造され養い育てられていること、すでに私たちは赦されていること、私たちは本当の父である神様に背を向けたことを悔い改めるだけでよいことを伝えた。 そして毎日メシア教の歌を聴き、教主様、真明様の聖言の朗読版を聴き、真明様のビデオメッセージをNo. 1から順に見直した。その間ずっと〝私の中に、神様、明主様、そしてイエス様がいらっしゃるなんて、なんてすばらしいことだろう!〟と感じ、〝もっともっと神様にお仕えしたい。自分の心のすべてを神様にお捧げしたい〟という強い願いがふつふつと湧いてきた。 ありがたいことに、彼女にはなんの後遺症も残らなかった。 〝神様は毎日、あらゆる瞬間、あらゆる状況、あらゆる浄化を通して私を養ってくださり、神様の真の子供、メシアとして新しく生まれるように導いてくださっている〟 フランシスレーネさんはこの確信をこのときほど強く感じたことはなかった。 退院してしばらく経った昨年10月、フランシスレーネさんは新しく配信された真明様のビデオメッセージ「ミロクの世の食とは」を拝見した。そのメッセージが彼女の心の奥深くまで響いた。きゅうせい教時代には自然食の話を聞いても食生活を変えようという強い思いは抱かなかったが、今回は違った。〝食生活を変えたい〟という強い願いが芽生えた。彼女は肉を減らし始めた。3か月も経たないうちに肉を食べたいと思わなくなり、穀物と野菜だけを食べるようになった。それに伴い以前と比べて元気になり、体が軽く心が穏やかになり、ストレスを感じることがかなり減った。ヴィーガン食が、真明様を通して伝えられた明主様の今のご教導であることを確信せずにはいられなかった。 2024年1月26日のことだった。御神体とみたまやのご下付をお願いしていたフランシスレーネさんは、御霊璽の写真を撮る必要があったのでご神前に行き、御霊璽を動かす許しを乞い、写真を撮り、御霊璽をみたまやに戻した。 それから15分ほどすると気分がとても悪くなった。彼女の脳裏に〝脳梗塞の再発?〟との思いがよぎった。胸に強い圧迫感を感じ、吐き気とともに、どこからともなくやってくる絶望感や恐怖を感じた。〝今の今までなんともなかったのに、これは一体なんなのだろう?〟ベッドの端に座った彼女はそう自問した。 そのとき、ついさっき撮影した御霊璽に思い至った。フランシスレーネさんはご先祖様に、きゅうせい教のみたまやからメシア教のみたまやにお移りいただくことを、全く告げ知らせてなかったことに気づいたのだった。彼女は早速ご先祖様に語りかけた。 〝今、私たちは教主様を通して明主様とイエス様に導かれています。新しい御神体は真に神様を中心とした信仰を象徴しており、新しい信仰が、神様の真の子供であるメシアとして新しく生まれることに導いてくれます〟〝大いなる光があって、私たちがすべきことは私たちの中にある天国への扉を開くことだけです。私の願いは、ご先祖様が私より先に天国の扉を開いてくれることなのです〟 そうご先祖様に語りかけているうちに、彼女の中で絶望感や恐怖、不快感が和らいで、数分後には何も感じなくなり、代わりに大きな喜びと安らぎ、そして感謝の思いが湧いてきた。 彼女は、自分が感じているすべてのことは、ご先祖様もすべて感じていること、どんなときもすべてのご先祖様と共に、自分の心と思いを神様にお捧げしなければならないことを強く思ったのだった。 これら一連の出来事を通してフランシスレーネさんは、教主様と真明様のみもとにあることに深く感謝し、喜びをもってメシア教の道を歩んでいる。