世界メシア教 立春祭 2024年2月4日御歌救はれてよみがへりたるわが身魂使はせたまへ神心のままに 二代様人の形したる獣の多き世を救ふはメシアの力よりなき 明主様今迄の文化は地獄の文化なり吾は造らむ天国の文化を 明主様大自然の神力の前にひざまづき世人祈らむ時は近づく 二代様大御業深き仕組は底知らず只御心のままに委せよ 明主様大いなる希望を抱きコツコツと励む人こそ神愛でまさむ 明主様およそ世に強きは己れを打忘れ正しき道を貫く人なり 明主様 明主様聖言頑張り 年代不詳 世間よく頑張りという言葉を聞くが、之は近頃出来た言葉らしいが、此言葉の意味を考えてみると、どうも人間の力に頼りすぎる感じがする。それは事実をみても分る通り、成程一時は効果があるようだが、結局に於て反対の結果が多いようである。特に信仰者はそうであって、此点世間の人とは大いに違う。というのは頑張りという言葉は已に神様を忘れている訳である。勿論私と雖も昔はそういう事もあったが、信仰の真髄が分るに従って、甚だ間違っている事がよく分るのである。 いつもいう通り、信仰の妙味は何事も神様にお任せする処にあるのであるが、信仰の浅い人はそれだけではどうも頼りない気がするので、自力に頼るといったようにその点ハッキリしない。といってもお任せきりでも困る。ヤハリどこまでも人力を最大級に尽す事であって、そうしておいて神様にお任せする。此点難しくもあるが又妙味もある。*抜粋聖書「ヘブル人への手紙」第10章32節~第11章16節 あなたがたは、光に照されたのち、苦しい大きな戦いによく耐えた初めのころのことを、思い出してほしい。そしられ苦しめられて見せ物にされたこともあれば、このようなめに会った人々の仲間にされたこともあった。さらに獄に入れられた人々を思いやり、また、もっとまさった永遠の宝を持っていることを知って、自分の財産が奪われても喜んでそれを忍んだ。だから、あなたがたは自分の持っている確信を放棄してはいけない。その確信には大きな報いが伴っているのである。神の御旨を行って約束のものを受けるため、あなたがたに必要なのは、忍耐である。 「もうしばらくすれば、 きたるべきかたがお見えになる。 遅くなることはない。 わが義人は、信仰によって生きる。 もし信仰を捨てるなら、 わたしのたましいはこれを喜ばない」。 しかしわたしたちは、信仰を捨てて滅びる者ではなく、信仰に立って、いのちを得る者である。 さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。昔の人たちは、この信仰のゆえに賞賛された。信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉で造られたのであり、したがって、見えるものは現れているものから出てきたのでないことを、悟るのである。信仰によって、アベルはカインよりもまさったいけにえを神にささげ、信仰によって義なる者と認められた。神が、彼の供え物をよしとされたからである。彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている。信仰によって、エノクは死を見ないように天に移された。神がお移しになったので、彼は見えなくなった。彼が移される前に、神に喜ばれた者と、あかしされていたからである。信仰がなくては、神に喜ばれることはできない。なぜなら、神に来る者は、神のいますことと、ご自身を求める者に報いて下さることとを、必ず信じるはずだからである。信仰によって、ノアはまだ見ていない事がらについて御告げを受け、恐れかしこみつつ、その家族を救うために箱舟を造り、その信仰によって世の罪をさばき、そして、信仰による義を受け継ぐ者となった。信仰によって、アブラハムは、受け継ぐべき地に出て行けとの召しをこうむった時、それに従い、行く先を知らないで出て行った。信仰によって、他国にいるようにして約束の地に宿り、同じ約束を継ぐイサク、ヤコブと共に、幕屋に住んだ。彼は、ゆるがぬ土台の上に建てられた都を、待ち望んでいたのである。その都をもくろみ、また建てたのは、神である。信仰によって、サラもまた、年老いていたが、種を宿す力を与えられた。約束をなさったかたは真実であると、信じていたからである。このようにして、ひとりの死んだと同様な人から、天の星のように、海べの数えがたい砂のように、おびただしい人が生れてきたのである。 これらの人はみな、信仰をいだいて死んだ。まだ約束のものは受けていなかったが、はるかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを、自ら言いあらわした。そう言いあらわすことによって、彼らがふるさとを求めていることを示している。もしその出てきた所のことを考えていたなら、帰る機会はあったであろう。しかし実際、彼らが望んでいたのは、もっと良い、天にあるふるさとであった。だから神は、彼らの神と呼ばれても、それを恥とはされなかった。事実、神は彼らのために、都を用意されていたのである。* 「アベルはカインよりもまさったいけにえを神にささげ、信仰によって義なる者と認められた。神が、彼の供え物をよしとされたからである」創世記第4章参照。* 「エノクは死を見ないように天に移された。神がお移しになったので、彼は見えなくなった」創世記第5章参照。* 「ノアはまだ見ていない事がらについて御告げを受け、恐れかしこみつつ、その家族を救うために箱舟を造り、その信仰によって世の罪をさばき、そして、信仰による義を受け継ぐ者となった」創世記第6章~第9章参照。* 「アブラハムは、受け継ぐべき地に出て行けとの召しをこうむった時、それに従い、行く先を知らないで出て行った」創世記第12章参照。* 幕屋 神殿の意。* 「サラもまた、年老いていたが、種を宿す力を与えられた」創世記第17章~第21章参照。『口語訳聖書 1954年/1955年改訳』(日本聖書協会)※注釈は世界メシア教によるもの。