このたび、真明様ご家族が餅つきをされると伺い、なんとしてもお写真一枚だけでもと伏してお願い申し上げ、結果、本当に送っていただきました!しかも、記者の私の想像を遥かに超越する、真明様と、真明様とマミ奥様のご長男であられるみこと様(かわい過ぎます!)の神々しいまでの一枚ではありませんか。やったー!真明様から、以下の聖言(みことば)を賜りましたのでご紹介いたします。このたび、信徒の方々からたくさんのもち米をご献上いただき、その誠に少しでもお応えしたいと思い、秘書の方々にお手伝いいただき、餅つきをさせていただきました。私は、餅つきという行為、また、その後にお餅を食べさせていただくことは、日本における「クリスマスの新定番」になるべきことだと思っています。クリスマスはイエス・キリストの聖誕を祝う日ですが、そもそもイエスは中東のイスラエルで生まれた方ですから、イチゴを使ったケーキや、フライドチキンやピザを食べたりなどは、まったく関係の無いことです。中東ではなく、アメリカなどでのクリスマスのお祝いの形が日本に輸入されただけのことで、「クリスマスはケーキ」などは、まったく日本の現実にそぐわないことです。そして、そもそも世界メシア教は「キリスト教の完成版」です。つまり、イエス・キリストの真実は、日本発祥の世界メシア教に継承されているということです。であれば、本来、アメリカなどの西洋から輸入された形でのクリスマスのお祝いをするのではなく、日本においては、日本人のクリスマスのお祝いの仕方があるべきだと私は考えます。そう考えると、ちょうどもち米が収穫され、また、家族や友人で集まることができるこのクリスマスの時期は、餅つきをするための時期なのではないでしょうか。みんなでもち米を蒸し、「よいしょっ!」と餅を搗き、しょうゆと海苔で食べたり、大根おろしとしょうゆでいただいたりして盛り上がる、これこそが日本人にとっての真のクリスマスのお祝いの仕方なのではないでしょうか。私は、餅つきが、日本におけるクリスマスの新定番になればと願っています。また、「餅」についての意義はそこだけにとどまりません。もちろん諸説はあるようですが、「餅」という言葉の語源は、ヘブライ語の「種無し(イースト無し)パン」を意味する「マッツァ」「マツァ」とも言われています。これは、当時、エジプトで奴隷として苦しんでいたユダヤ人をモーセが救い出し(紅海が真っ二つに割れるあれです)、その時、エジプト人が追いかけてきて捕まらないよう、食事の用意の時間を短くするため、パンにイーストを入れて、ふくらませてから焼くのではなく、イーストを入れず、ふくらませず、すぐに焼いて食べたのが「マッツァ」と言われています。今もユダヤ人は、エジプト人から解放された記念として、「過越(すぎこし)」の祭りにこれを食べます。過越祭は春ごろ行われる行事ですが、これは日本の旧正月の時期に近く、日本においても、なんらかの形でこのユダヤ人の風習を継承し、マッツァならぬ餅を食べていたし、いるのではないか、そして、太陽暦になり、旧正月が1月1日の正月に移ってからも、この風習が継続されているのではないかと考えられています。つまり、日本の正月は、実は、ユダヤ人の過越の祭りではないかという説です。それを裏付けるもう一つの点は、日本人は正月にほぼ全国民が神社に初詣をしますが、神社の入口には、決まって、赤く塗られた鳥居がございます。ユダヤ人がエジプトから脱出する前夜、神様は、ユダヤ人も含め、エジプト全土にいる初子を殺すと言われました。しかし、家の門を子羊の血で塗った家にいる子供は殺さないということをユダヤ人のみに教えられました。それにより、ユダヤ人は無事エジプトから脱出できました。この神様からの祝福を忘れないため、門を赤く塗る風習が日本でも継承され、日本人は、無意識ではありますが、毎年正月に鳥居のある神社に参拝に行くことにより、神様からの恵みを思い出させていただいているのかもしれません。ユダヤの過越の祭では、子羊の肉も食べるそうですが、我らメシア教はイエス・キリストが最後の捧げものと信じているわけですので、当然そのようなものはいただきません。また、当時、ユダヤ人は子羊の血を門の柱に塗って災難を逃れたわけですが、イエスが「神の子羊」と言われている事実、そして、子羊の血を象徴する赤色の鳥居を、日本の全国民が正月にくぐっている点は、興味深いということを超え、神様の大いなる仕組みと思えてなりません。私たちも、ユダヤ民族がいなければイエスが生まれることはなく、私たちの罪が取り除かれることはありませんでした。そのユダヤ民族を救ったマッツァならぬ餅をクリスマスにいただき、そして、新年にもし神社に行かれるなら、鳥居を、「私は神の子羊たるイエスの血をお受けしておりました」という全く新しい思いでくぐらせていただき、新たな年も神様に共々にお仕えさせていただきたいと思います。参考までに、以下、『出エジプト記』の一部抜粋します。正月という言葉、種入れぬパン、血を塗られた柱と鴨居(まさに鳥居)というところと、日本の正月の風習の一致に、驚くことと拝察します。主はエジプトの国で、モーセとアロンに告げて言われた、 「この月をあなたがたの初めの月とし、これを年の正月としなさい。あなたがたはイスラエルの全会衆に言いなさい、『この月の十日におのおの、その父の家ごとに小羊を取らなければならない。すなわち、一家族に小羊一頭を取らなければならない。もし家族が少なくて一頭の小羊を食べきれないときは、家のすぐ隣の人と共に、人数に従って一頭を取り、おのおの食べるところに応じて、小羊を見計らわなければならない。小羊は傷のないもので、一歳の雄でなければならない。羊またはやぎのうちから、これを取らなければならない。そしてこの月の十四日まで、これを守って置き、イスラエルの会衆はみな、夕暮にこれをほふり、その血を取り、小羊を食する家の入口の二つの柱と、かもいにそれを塗らなければならない。そしてその夜、その肉を火に焼いて食べ、種入れぬパンと苦菜を添えて食べなければならない。生でも、水で煮ても、食べてはならない。火に焼いて、その頭を足と内臓と共に食べなければならない。朝までそれを残しておいてはならない。朝まで残るものは火で焼きつくさなければならない。あなたがたは、こうして、それを食べなければならない。すなわち腰を引きからげ、足にくつをはき、手につえを取って、急いでそれを食べなければならない。これは主の過越である。その夜わたしはエジプトの国を巡って、エジプトの国におる人と獣との、すべてのういごを打ち、またエジプトのすべての神々に審判を行うであろう。わたしは主である。その血はあなたがたのおる家々で、あなたがたのために、しるしとなり、わたしはその血を見て、あなたがたの所を過ぎ越すであろう。わたしがエジプトの国を撃つ時、災が臨んで、あなたがたを滅ぼすことはないであろう。この日はあなたがたに記念となり、あなたがたは主の祭としてこれを守り、代々、永久の定めとしてこれを守らなければならない。七日の間あなたがたは種入れぬパンを食べなければならない。その初めの日に家からパン種を取り除かなければならない。第一日から第七日までに、種を入れたパンを食べる人はみなイスラエルから断たれるであろう。かつ、あなたがたは第一日に聖会を、また第七日に聖会を開かなければならない。これらの日には、なんの仕事もしてはならない。ただ、おのおのの食べものだけは作ることができる。あなたがたは、種入れぬパンの祭を守らなければならない。ちょうど、この日、わたしがあなたがたの軍勢をエジプトの国から導き出したからである。それゆえ、あなたがたは代々、永久の定めとして、その日を守らなければならない。正月に、その月の十四日の夕方に、あなたがたは種入れぬパンを食べ、その月の二十一日の夕方まで続けなければならない。七日の間、家にパン種を置いてはならない。種を入れたものを食べる者は、寄留の他国人であれ、国に生れた者であれ、すべて、イスラエルの会衆から断たれるであろう。あなたがたは種を入れたものは何も食べてはならない。すべてあなたがたのすまいにおいて種入れぬパンを食べなければならない』」。第12章1節~20節真明様、その深淵な聖言にもはや言葉もございません。真明様ご聖示の「クリスマスの新定番」!私たちはクリスマスには餅を食べさせていただき、神社の鳥居も、今まで向けたことのない敬虔な思いをもってくぐらせていただきたいと思います。メシア教の皆様、日本の皆様、世界中の皆様。メリークリスマス&ハッピーニューイヤー!